ヨーロッパ最大の名家ハプスブルク家とナポレオンの言葉・・・2
前回続き・・・
独創的なまでの非独創。
とにかく辛抱強く見守る姿勢のハプスブルク家。
これに対して
「待つことこそが破滅への道である」
としたのが、
ハプスブルク家当主、フランツヨーゼフ2世に引導を渡した、軍神ナポレオンボナパルト
(因みに今日の言葉)
イノベーター、改革者、革命家はやはり発想が違う。
起業家と事業家(経営者)の気質的・能力的違いもこの辺にあるのも必然だ。
しかしながら、ナポレオンは当時こうもこぼしたと言う・・・
「余は我がボナパルト家のルドルフ・フォン・ハプスブルク(ハプスブルク家飛翔の建設公)だ」
彼は土着の領土を持たない異邦人として、そして、新しい既存の政治機構をぶっ壊し、欧州に君臨した根無し草であったがゆえに、それらの無理がたたり、ボナパルト家をハプスブルク家とまで興すことはできなかった。
しかしながら、ルドルフとナポレオンは非常に近いパーソナリティーであることはいえるようだが。
(本名ナポレオンは、本当はイタリア系でナポレオーネという自分の名前をフランス風読みにしたというほどの気の使いようだ)
起業家の後は事業家・経営者としての手腕が試される。
「起業」で、必要とされた能力だけでは、「経営」は乗り切れない。
単に「経営」のスペシャリストと言うだけでも「起業家」と言えるとは限らない。
「起業」と「経営」は、現実に不可分であり、混同しがちだが、全く別のものであり、
本質的には相反する姿勢であると言える。
ナポレオンは起業の後に経営に乗り出そうと言う姿勢だったのだろう。